宍塚般若寺
竜王山釈迦院般若寺は寺伝によると,天暦元年(947年),平将門の孫娘安寿姫によって建てられたとされています。その頃は現在土浦学園線が通っている台地上にあったという説もあり,現在地には平安末期に移されたということです。昔は七堂伽藍が整い五重の塔がそびえる大きな寺であった(そのように記された瓦が出土しています)そうですが,戦国時代,佐竹氏と小田氏の争いの戦場になり焼失しました。
 この般若寺が本格的に造営されたのは鎌倉時代中期,西大寺系律宗の僧忍性の東国来訪以来と言われます。
 忍性は三村山極楽寺(つくば市)に10年ほど滞在し,律宗の伝導に勤めた後,北条氏から鎌倉に招聘され,元寇時の祈祷などに活躍して,鎌倉幕府との密接な結びつきをもった律僧です(鎌倉極楽寺を建立)。
 そのような鎌倉幕府との関係もあって,境内には建治元年(1275年)丹治久友(鎌倉の大仏造営に関与した鋳造技術者)の銘をもつ国指定重要文化財の銅鐘や県指定文化財の結界石をはじめ,数々の文化財が残されており,土浦市の重要な文化遺産であります。
 しかし,般若寺がいつ,だれによって建てられたかは正確には分からないことが多く,「謎の寺」とも言われています。

釈迦如来像(県指定重要文化財)
銅鐘(国指定重要文化財)
結界石(県指定重要文化財)
五輪塔(県指定重要文化財)

大日如来像
釈迦堂(昭和50年1975年解体)  
結界石(昭和40年代)
銅鐘( 〃 )
山門
馬頭観音(沼尻墨僊書)

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